私の両親の歯のこと
モナコの学会オステオロジーの
参加レポートをクインテッセンスと言う
歯科月刊誌に投稿しようと数日感、
おれやこれや深夜まで模索した結果
何とか受理して頂けるということで
ほっと胸を撫でおろす私!
原稿料をGETして、スタッフと打ち上げだ!!
昨日はテレビ生放送の日!
お茶の間の皆さんに不細工な顔を
見せるわけにはいかないと、早朝から
起きだして鏡に向かう私!
しかし、50歳を迎えた私
どんどんと両親の顔に近ずいている
気がしている。
やはり血は争えない!!
朝からふと両親のことを思う。
私の両親は事情があり大学に行っていない。
そんな高卒の両親が共働きしてもらうことで
私は幼少時代、不自由なく過ごさせてもらい
大学にも6年間も進学させてもらった。
本当にありがたいことである。
地元の国立大学とはいえ、6年間も
長い間、私は授業料を支払ってもらっていた。
そんな両親へのささやかな恩返しということで
私は子供として当たり前のことであるが
両親の歯の主治医として二人の歯のことを
25年以上診させてもらっている。
私の父は元来、歯が悪く、歯周病の進行が進み
若い時に数本の歯を抜歯して、部分入れ歯を使用していた。
そんな父が当時(今から40年以上前)
歯の治療費のことで母と相談していたことを
私は幼少の記憶として今でもよく覚えている。
私の両親は父の歯の治療費のことで
家族会議をしていたのだ。
父の歯の治療費は保険でなく自費の治療で
当時のトヨタの新車が買える位の高額な見積りが
ある歯科医院から出ていたのだ。
母は父に「受けたらいいじゃん!」
そんなニュアンスの言葉を父に言ったと
記憶している。
当時そんなに豊かでない我が家にとって
きっぷのよい母の言葉だったと思う。
私はその時の母と父の選択は
ベストだったと今でも考えている。
当時、歯周病は多くの歯を抜歯する風潮が
日本の歯科界にはあった。
特に保険範囲だけで治療する歯科医院は
ほぼ100%近くそうだったと思う。
何せ今から40年以上前のことである。
その当時に自費治療中心のある歯科医院に
通った御陰で父は数本の抜歯で済むことができて
ほとんど全ての歯を保存することができた。
父はちなみに今では私から数回に及ぶ
インプラント治療を受けて
部分入れ歯の不具合から脱出している。
母親は歯はそんなに悪くないが
ある時に階段から転倒して
前歯を二本歯の中頃で骨折してしまった。
私は母を大学の口腔外科の教授に
紹介して診てもらった。
教授の診断は、2本の抜歯で入れ歯か?
当時はまだ使用していた歯内骨内インプラントだった。
私は教授の診断に疑問をもち
歯を固定だけしてそのまま保存することにした。
その母の歯は、25年以上経過した今
歯は折れたままではあるが、全く不具合なく機能している。
私の父と母が、すべて自分の歯とインプラントで
不自由なく何でも食べている現状に私は凄く満足している。
いつまでも美味しく食べることができるように
私は両親にした同じ治療を患者さんにも
したいと強く思う!!