25年ぶりの出会い
早朝から広島に移動して
名古屋の飯田先生のセミナーを
受講する。
さすがにインプラント雑誌の表紙を
飾る新進気鋭の飯田先生の
症例は凄い!!
飯田先生の紹介で当院も
シロナのCTやセレックを導入した。
負けないで私ももっと
頑張ろうと素直に思う。
昨日の土曜日、私は仕事の関係で
妻と岡山駅前に来ていた。
少し前から私はある美容院の存在が凄く気になっていた。
カツ丼野村に近い美容院の名前は「ノブ カタヤマ」
私と妻が、昔、髪を切っていたあの片山さんの
お店ではないかと思っていた。
話は今から25年近く前まで遡る。
私は岡山大学歯学部の学生で、
岡山大学歯学部サッカー部に所属していた。
サッカー部で同期のAと、Oの3人でバカばかりしていた私たちは
「岡大バカ3人トリオ」と先輩から呼ばれるくらい、仲が良かった。
その中でもAは、大阪出身で当時、岡山で一番センスが良いと
言われていたある服屋さんでアルバイト!
Aの紹介で、私もカタヤマさんが当時勤務していた
WITH ヘアーで髪を切っていた。
妻も当時は、ある歯科衛生士学校の講師をしていたのだが
縁あって、カタヤマさんが彼女の髪を当時切っていた。
私が友人以外で、初めて妻との交際を打ち明けたのが、
当時、私たちの兄貴分であり相談相手でもあった
美容師のカタヤマさんだった。
「カタヤマさん、実は彼女と付き合うことになりました。」
開業数年前から、私は自分の身の回りのものは
全て当院の開業場所の近くで行うことにした。
うどんを食べるのも、回転寿司に行くのも
焼肉を食べるのも、地産地消ではないが
敢えて近所のお見せに全て変えていった。
私の髪のカットもカタヤマさんのいた美容院から
近所の散髪屋さんへと変わり、私は今では
21年以上同じ散髪屋さんでお世話になっている。
「ここ、絶対カタヤマさんのお店だ!」
「でも、覚えているかな?」
「25年も経つよ!!」
こんな時、私は決まってある手を使う!
「お前、お店の中に手を振ってみろよ!!」
と妻に頼んで、私は影で様子を見ていた。
「中野さん!懐かしい!!」
カタヤマさんの第一声で私たちは
彼が私たちのことを覚えていることに
安堵した。
何せ、25年ぶりなのだ!
私は友人のAのことをもしカタヤマさんが
知らないのなら、伝えなければならないと
思っていた。
友人Aはガンで数年前に亡くなっていたからだ。
カタヤマさんは、Aの死のこともよく知っていた。
共通の友人や先輩の歯科医師が今でも
カタヤマさんのお店に通っていると聞いた。
カタヤマさんのお店の中で
25年ぶりに私と妻とカタヤマさんと
カタヤマさんの奥さんの4名で
話が盛り上がった。
本当に声を掛けて良かったと思った。
いや、妻に声を掛けてもらって良かったと思った。
あの当時、23歳の若造だった私も
今では50歳になりました。