西日本豪雨
全国の歯学部、歯科大学の学生の
夏のスポーツ祭典、オールデンタルで
岡山大学歯学部サッカー部が
1回戦を3:0で快勝と言う
連絡が入った。
ここしばらく暗いニュースが
続く岡山では久しぶりの明るいニュース!
優勝目指してがんばれ!
岡山大学歯学部サッカー部!!
先週、私は被災した母親の実家がある
総社市美袋の被災地を訪れた。
母親の実家は、あの豪雨で1階の全てが流されて、
叔母も祖母も避難所での生活を送っている。
特に私の祖母は1階で生活をしていたために
お金も着るものも全てが流されてしまった。
叔父、叔母親せき一同が、この美袋に
片づけのため、手伝いに行っていることを
聞いていた。
私は岡山が大変だったあの土曜日に
札幌に飛んでいたため、岡山の被害の
状況は妻からのメールやネットニュースを
読むことで、恥ずかしながら初めて知った。
また、その後の日曜も木曜も全て事前に
仕事の予定を入れていたので、
この日曜まで母親の実家の現地に
手伝いに行くことが出来ないでいた。
まだ、誰か片づけをしているだろうか?
近道をしようと思っていると
多くの裏道は未だに通行止めになっていた。
美袋の橋から高梁川を渡りながら
55歳の私は昔の思い出が溢れ出していた。
私は小さなころは夏休みは必ず
母親の実家に遊びに来て
この高梁川で泳いだり魚取りをしていた。
50年近く前のことでもあった。
また私はこの母親の実家に来ることが
25年以上ぶりだと知った。
25年ぶりの母親の実家は川沿いに
今でも多くの豪雨のための資源ごみが
置かれていた。
細い道は今でも泥が上がっており
少し走るだけで私の車は
どろどろになった。
そして、やっと実家に到着!
既に大まかな片づけは終わったのか?
実家にも周りの家庭にも
誰一人として人の姿は無かった。
遠くに見える高梁川の河川敷は
応急的に広い範囲で護岸処理がされていた。
私の母親の実家はゴーストタウンと
化していた。