あるスタッフの送別会
私の愛車ゴルフが入院した時
古い車なので遠慮して代車を
頼まなかった。
日曜日のセミナーへも、月曜日の
ロータリーへも、仕方無く自転車で向かう。
自転車で行けば運動にもなり一石二鳥!
と思うなかれ!
暑過ぎて、会場に到着するだけで汗まみれ!!
体力の80%を行きだけで消耗した。
7月30日の土曜日をもって
一人の歯科衛生士が当院を退職した。
3年と4カ月の勤務だった。
私は4年近く前に、彼女が当院に初めて
面接に来た時のことを今でも鮮明に覚えている。
「将来の夢は、海外で医療ボランティアがしたいんです!」
若い人たちが海外に行かなくなっている今、
その言葉に私は新鮮さを感じた。
私がその当時、カンボジアの孤児院で歯科検診や歯科指導を
した後だっただけに、彼女との話は大いに盛り上がった。
そして、彼女は翌春から、当院のスタッフの一員となった。
彼女のことを鮮明に覚えているもう一つの理由は
彼女の短大の担任でもあったある先生から
私が直接お電話をもらっていたからだ。
「Oさんは凄く優秀な学生です。
彼女は将来凄く伸びると私は思っています。」
多くの新卒の歯科衛生士が当院に就職しているのだが
担任の先生から院長の私に直接電話をもらうことは
本当に珍しかった。
それだけ、彼女が学生時代から優秀だと言うことを
現わしていた。
彼女は新人離れした歯科衛生士の仕事を当院で頑張るだけでなく
業務に関して色々なアイデアを出してくれて、
多くの業務改善を当院で行ってくれた。
いつも笑顔が一杯、元気が一杯の彼女は
患者さまだけでなく、当院のスタッフにも
そして、私にも元気を与え続けてくれた。
ある時に彼女から「海外に行きたいんです!」と相談された。
院長として優秀な彼女を引きとめるべきかどうか迷ったが
彼女の長年の夢を応援したいので、数ヵ月後の退職を快諾した。
彼女は、退職後、すぐにフィリピンに行き、そこで
半年ほど過ごし、その後ニュージーランドに行くと聞いた。
娘を嫁に出す父親みたいな心境で、私はフィリピンと聞いて
少し心配になった。
しかし海外での医療ボランティアは長年の彼女の夢だった。
そんな彼女の送別会が土曜日の診療後の行われた。
彼女の挨拶は涙で挨拶に全くならなかった。
私は「海外でお金が無くなったらいつでも帰っておいで!
当院でアルバイトをして、お金が出来たらまた海外に行けば良い!!」
と話した。
送別会では、彼女を題材にした川柳を各テーブルが
即興で作って競い合った。
彼女の医院での活躍をまとめたアルバムを彼女に渡した。
2次会で遅くまで、当院のスタッフは彼女との別れを偲んだ。
「Oくん、いつでも当院に帰っておいで!
皆が待っている。
健康と男にだけは気を付けるんだよ!!」