岡山の歯医者のアルバイト?
クリスマスイブの夜、歯科保険業務の仕事をしながら
昔のクリスマスイブに思いを馳せる。
学生時代お付き合いしていた彼女との
イブのディナーの思い出ではなく、
なぜか学生時代のアルバイトを思いだす。
私の両親は最終学歴が高卒で共働きだった我が家は、
子供の私が想像するにそんなに裕福な家庭では
無かったように思っていた。
私の父親は地元の新聞社、母親は地元の
百貨店に勤務していた。
だから、大学に進学するなら私立ではなく国立大学
それも東京大学以外はアパート代や食費がかからない
自宅から通える岡山大学一択だと思っていた。
そんな私も高校に進学すると人前に物欲が出てきて、
物欲を解消するため欲しいものを買うために
一生懸命にアルバイトに精を出した。
高校1年生の冬休み、私は岡ビルと言う
岡山の小さな市場の八百屋さんで
大みそかまでアルバイトをした。
その頃の岡ビルの年末はお正月の支度で
多くのお客さんでごった返していた。
私は赤切れを作りながら冷水で
朝から晩まで野菜を洗い続けた。
あのアルバイトは寒くて冷たくて
本当に本当に辛かった。
私はそのアルバイト代で
ビッグアメリカンショップでジャンパーを買った。
本当は袖が皮の方が良かったのだが
予算の関係で袖は布のジャンパーだった。
あの冬、アルバイトをしないで
塾や予備校に通っていたなら
私は東京大学に行けたかもしれない。
高校2年の夏、昔デオデオと言う電気店で
クーラーの取り付け作業のアルバイトをした。
その夏は猛暑がひどく
私と先輩は1日に何件もクーラーの
取り付けに市内を回った。
エアコンが効かない室内は暑く
室外機の取り付けのための屋外での作業
は死ぬほど暑く汗が滴り落ちた。
昼飯は軽トラックの車内で
母親が作ってくれたお弁当を15分で食べた。
あのアルバイトは本当に本当に辛かった。
私はそのアルバイト代で
友人のお母さまからミニバイクを
格安の料金で譲って貰った。
あの夏、アルバイトをしないで
塾や予備校に通っていたなら
私は東京大学に行けたかもしれない。
何とか現役で第1志望の岡山大学歯学部に
入学した私のアルバイトの熱は冷めなかった。
続く!