赤いカーディガン
赤いカーディガン
今から20年前くらいでしょうか?当院に一本の電話がかかってきました。
それはある方のお母さまからの電話でした。
お話を伺うと、その方のお嬢さんは、その時は30歳になるんですけど20歳の時から、10年間自宅に引きこもりだったということです。
理由は虫歯がひどく、自分の歯にコンプレックスがあって、表に出られない。誰にも自分の歯、自分の顔を見せることが出来ないということでした。
そのお嬢さんが、なぜか当院のホームページを見て、この歯科医院だったら、私も通うことが出来るかもしれない!何とか先生に診て貰えませんか?と言う電話でした。
ただ大きな問題がありました。
その大きな問題とは、その方は奈良県にお住まいということで、ご自宅からうちの医院までは電車を乗り継いで3時間半もかかるということでした。往復7時間です。
私はその方に、「もしよろしければ、お力になれるように頑張りますから、当院まで頑張って来られませんか?」とお話すると次の問題が明らかになりました。
「私は自分の歯に対するコンプレックスがひどいので、院長先生以外には誰も自分の口の中を見せたくない。」ということでした。
その時は、木曜日の午前中は診療をしていて、木曜日の午後は訪問歯科診療に行っていたので、木曜の午後であれば、訪問歯科診療の予約を閉じて、私と私のアシストをする妻の2人だけで見せてもらったらどうですかということで納得して貰いました。
その方とお母様が、初めてなかの歯科まで奈良から3時間半を掛けて来られました。
その時のその女性の方の姿は、髪はボサボサで服は緑かグレーのくすんだ色、私と目を合わせようとはしません。30歳にしては凄く地味な印象を受けましたが、それでも何とか歯を治したいと言う意思を感じたように記憶しています。
わざわざ片道3時間半、往復7時間ですから、私と妻はとりあえず充分に治療に関する説明をした上で1回の治療時間を2時間から3時間取って治療を重ねていきました。
彼女は凄く頑張りました。
初診から3カ月から4カ月かかったでしょうか?その方の治療が一応無事に終わりました。
奥歯とか犬歯の大きな虫歯も全て完治して、笑っても恥ずかしくない状態まで、私はなんとか仕上げることができました。
次で治療もいよいよ最後と言う日が来ました。
あの時の驚きを私も妻も今でも忘れることは出来ません。
あれだけ髪がボサボサで、化粧もしてなくて。地味な服を着ていた方が、その日は髪はきちんとまとめていて、もちろんお化粧も綺麗にしていて、真っ赤なカーディガンを着て来られたのです。
それが凄く似合っていて、「赤いカーディガン、凄くお似合いですね!」と言うと、はにかんだ彼女の顔もいまだに忘れることができません。
遠いんですけどメンテナンスが大事なので必ず来てくださいと言って、1回か2回メンテナンスに来られました。
ただその後に連絡があって、「実は結婚が決まり、島根に行くことになりました。」と言われ、それからは島根の歯科医院でメンテナンスを受けてくださいと私はお願いしました。
彼女は多分、今は良い妻であり、よい母親になっているかもしれません。
歯科医院ができることは限りがあります。
毎回の治療に2時間半や3時間の時間を集中して行うことは、今の私には体力的に無理とは思われますが、あの時の赤いカーディガンを私は今でも忘れることが出来ません。